スリランカのトゥクトゥク②:デコウィーラー

先日、ある日本の雑誌で「キューバなどでは観光客用のおしゃれなトゥクトゥクがあるが、アジアのものは実用性重視でデザインに工夫がない」という一文を目にしました。この文を書いた方にぜひ!!スリランカに来ていただきたいと思います。個性あふれる独創的なデコレーションで、ローカルの心も観光客の心もがっちりつかんでいますから。

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            <これがそのキューバトゥクトゥク 出典:http://www.bahtaxi.com/coco-taxi-cuba/

まずはなんと言っても、Tuk Tuk Wisdom(トゥクトゥクの格言)などと呼ばれている格言たち。車体の後ろや横に、英語やシンハラ語などで書かれているのですが、ハッとするような名言や奇想天外な誤訳など個性が溢れており、毎日渋滞の中通勤する市民の憂鬱な時間を楽しいものにしてくれています。この格言を写真に撮って集めている人も多く、その写真を共有するfacebookページ(Sri Lanka tuk tuk quotes - ホーム | Facebookなど)まであり、スリランカ名物になっています。

残念ながらシンハラ語のものはわからないことが多いのですが、英語のものは、直訳するからおかしな感じになってしまったり、綴りや文法が間違っていて意味不明だったり、それなのに人生や世の中を俯瞰するような深すぎる言葉が書かれていて、狙ってるのか何なのか全くわかりませんが、人の心をつかむ絶妙なものが多いです。私のお気に入りは、決して楽ではないスリランカ庶民の悲哀を自虐的なユーモアで笑いに変える、サラリーマン川柳のような格言たちです。 

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<「重荷(Load)を讃えよ」主(Lord)を讃えよ、というお祈りの言葉の綴りを間違えたのだと思いますが、重すぎる荷物をエンジンを酷使しながら運ぶスリーウィーラーの様子が想像され、「スリーウィーラー運転手の人生は辛いよ」という意味の皮肉に思えてきます。キリストも自らが磔になる十字架を背負って丘を登ったのですから、もし狙ってたとしたら、サラリーマン川柳も顔負けの意味深さです>

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<「俺はかわいくないんだ、しかもそれを知ってたんだぜ(???)」意味不明ですが、俳優ドウェイン・ジョンソンのマッチョな写真と、なぜか赤一色のアメリカ国旗と合わせるところが絶妙なセンスです。ドウェイン・ジョンソンが見たら仰天することでしょう>

 ただ、この素晴らしくクリエティブな自己表現のツールを、争いのタネにするような悲しい風潮もあります。昨2016年から、「シンハ・レ(ライオンの血)」というステッカーを貼った車両を見かけるようになりました。多民族国家スリランカで、多数派シンハラ人の民族ナショナリズムを煽る、他民族排斥運動です。レ(血)の部分は赤字で、暴力的な意味も含まれています。背後に政党や宗教団体があると言われていますが*1、スリーウィーラーを始めバスや乗用車にも多く貼られており、少なくない市民の支持を得ているようです。シンハラ人とタミル人の対立から、2009年まで20年以上に渡り内戦が続いていたスリランカで、平和な今でもこのような運動が広がるのは心配なことです。

そんな中微笑ましいのは、中古でシンハ・レのステッカーが貼ってある車を買ったのか、文字の部分だけ、または「レ」の部分だけ剥がしてある車両もかなり見かけることです。過激な思想を振りかざす派手なキャンペーンに気を取られてしまいがちですが、派手な運動を繰り広げていなくても、良心のある良識的な市民がたくさんいることに気づかせてくれます。ステッカー全部を剥がさないのはご愛嬌ですが、日本からの輸入中古車に「◯◯工務店」「◯◯訪問介護センター」などのロゴがついたまま走っている車も多い中、わざわざ「シンハ・レ」や「レ」の文字だけ剥がしたということは、排他的で暴力的な思想に相当な問題意識を持っているということなのでしょう。

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<左がシンハ・レのステッカーを貼った車両。右ではシンハ・レの文字だけ剥がされています>

格言以外にも、人気のモチーフやテーマがあります。まず気になるのは、よく車内に貼ってある白人の赤ちゃんのポスター。あまりの唐突感に思わず、「この写真は、あなたのお子さん・・・ではないですよね?」と聞いてみまた。その運転手さんからは、「赤ちゃんってみんな好きだろ?」というもやっとした回答しかもらえなかったのですが、気になるので聞いて回ったら、どうやらスリランカの家庭では、出産前に「こういう赤ちゃんが生まれてほしい」という願掛けでかわいい赤ちゃんのポスターを貼るんだそうです。スリランカでは色が白い方がいいとされているので白人の赤ちゃんが多いのですが、たまに中国人っぽい東アジア系の赤ちゃんも登場します。自分の子どもの写真を飾るのではなく、生まれる前に他人の子どもの写真を飾るという逆転の発想!改めて自分の見識の狭さと想像力の乏しさに気づかされます。

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<左の写真は東アジア系の赤ちゃん。右のポスターの赤ちゃんは多国籍な感じですが、だいぶ古ぼけているのでもう赤ちゃんは生まれたのでしょうか。色黒の赤ちゃんが生まれたらがっかりするのかなと思うと、いつもとても複雑な心境になります>

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<これはさらなる変化球。なんと白人の赤ちゃんがプリントされたギフト用ラッピングペーパー。白人の赤ちゃんの写真は相当な人気なので、きっと喜ばれるのでしょうね・・・>
ちなみに左上の写真にある、サイドミラーの横についている縦長のものは、走っていると風が流れ込んで来てエアコン代わりになるという、本当に優れた代物です。乗客には風は届きませんが、自分が優先です。スリーウィーラーの中は風が吹き抜けるので意外と涼しくて、朝髪を乾かす時間がなくても15分くらい乗っていればしっかり乾きます。

そのほかになぜか人気のモチーフは、パイレーツ・オブ・カリビアンボブ・マーレー。共通点はドレッド・ヘア?これは散々聞いて回っても理由はよくわかりませんでしたが、ヒッピー的な自由な精神の人が多いのかもしれません。天井一面パイレーツ・オブ・カリビアンとか、光るジャック・スパロウとか、結構凝っています。

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<このお兄さんは、天井の装飾に2万ルピーもかけたそうです。ジョニー・デップスリランカに来たら、街中自分の写真だらけでさぞ驚くことでしょう>

飾りものとしては、プラスチックのブドウ、カラフルな吸盤、そして手の長いサルがなぜか人気です。サルは車体の外側にぶら下がっているので排気ガスや雨で汚れていますが、相当運転が荒いのに落ちないのか不思議です。

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<ブドウはマスカットバージョンもあります。サルはこの位置にぶら下がっているのがお約束>
水を入れる入れ物は、なんとお酒の空き瓶!飲酒運転ではありません、多分。ちゃんと瓶を入れるホルダーも備え付けです。スリランカでは、ペットボトルではなくお酒の瓶に水道水を入れて水筒代わりにすることが多いのです。銀行のデスクにもウォッカの大瓶がどーんと置いてあったりするので、知らないと度肝を抜かれます。消毒のためお湯を沸かしてから入れるのでガラス瓶がいいんだそうですが、真水を入れるだけでもお酒の瓶を使っているような・・・もうこれは文化です。

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<これはキャプテン・モルガンですが、その他にアブソルート・ウォッカの瓶も人気>

ちなみに後ろに窓と横にサイドミラーが付いていますが、安全のために後ろを確認することはまずありません。後ろの窓はステッカーを貼る場所、サイドミラーは後部座席を覗き見するためか(女性の場合はジーっと見られることも多いです。前向いて運転して、と怒らずにでもはっきりと言いましょう)、神棚として使われています。信仰心の厚い人が多いスリランカでは、狭いスリーウィーラーの車内に神棚からお供えもの、お香まで一式揃っていることも多いです。まさか、神様に守られているから危険運転をしても大丈夫と思っているのでしょうか?スリランカは仏教の国と言われますが、スリーウィーラーの装飾を見ていると、特にコロンボにはヒンドゥー教キリスト教イスラム教の人も本当に多くいることがわかります。

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<これはヒンドゥー教の神様。小さい花で花輪もちゃんと作ります>

雨がひどくなって来たら、普段はくるくると巻いてある横のカーテンを下ろします。ちゃんとファスナーもついていて、少なくとも後部座席は濡れずに快適です。運転席も多少カバーされますが、横が見えなくなるので上半分は閉められず、大雨だと結局びしょ濡れになっています。

ぷっくりとした後部座席はウォータープルーフなビニール仕上げになっており、つるつる滑るのが難点です。当然シートベルトもなく、車線を無視して猛スピードで走るので、右に左に滑って本当に危ない。私が唯一直してほしいと思うところです。後部座席は3人掛けですが、がんばって膝に乗ったりすれば5人くらいならいけます。前編で書いた通り馬力はすごいので、全然減速しません。警察に捕まるからという理由で、4人以上乗ると追加料金を取られる時もあります。警察に捕まるという理由が本当なのかわかりませんが、違法だからダメではなくて、違法だから追加料金を取るというのも商魂たくましいですよね。前編で紹介した逆走ルールといい、法律ってなんだろうと考えさせられます。

高そうな大きなスピーカーをつけている人も多いです。前編でお話ししたカルピティヤの悪路を楽々進む運転手さんは、夜にバーからホテルまで帰る道中、突然真っ暗な中で急停車し、「ちょっと待ってくれ」と言って運転席から降りて来て後部座席の横でごそごそやり始めました。燃料切れかと思ったら、なんとコードを繋いだ瞬間、爆音で音楽が流れ始めたので思わず吹き出しました。本人は大まじめで、「どうだ、いいスピーカーだろ」と自慢する訳でもなく、また無言で暗闇の中悪路を飛ばして無事ホテルに送り届けてくれました。ちょうど私たちは、音楽は携帯のメモリではなくクラウドに保存していて、データ通信の不安定なカルピティヤでは音楽を聞けないね、と話していたところ。こんな田舎で英語の最新ヒット曲をどこで手に入れたのかわかりませんが、自分で聞いていると思えないので、きっと外国人乗客向けサービスのつもりなのでしょう。都会から来た私たちには太刀打ちできない、かっこよすぎるスリーウィーラーの運転手さんでした。

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 <スピーカーは後部座席後ろのエンジンの上のスペースに備え付け>

前編から最後まで読んでくれたあなたは、立派なスリーウィーラー研究家の仲間入りです。 ぜひスリランカで、素晴らしくておもしろいスリーウィーラーの生態をもっと知ってください!

*1:スリランカの各新聞を始め、国際的なメディアでも取り上げられています

thediplomat.com