スリランカのトゥクトゥク①:スリーウィーラー

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私は毎日トゥクトゥク(三輪バイク)で通勤しています。自宅から職場まで1.5km、時間にして10分、料金は70ルピー(約50円)。東京のタクシー初乗り料金が1kmで 410円ですから(この倍ぐらいだったこともありましたよね)、信じられないほど安いと思うかもしれません。でも、スリランカでは庶民なら普段は乗らない高級な移動手段です。私は、スリランカでスリーウィーラー(またはスリーウィール)と呼ばれる、街ではちょっと嫌われ者のこの乗り物に魅了されています。

まずスリランカの他の交通手段と比べてみると、いかにスリーウィーラーが欠かせない存在かということがわかります。まず1.5kmなら歩けばいいのですが、排気ガスが酷くて皮膚の表面に黒い煤がつくほどで、運転が荒く歩道が整備されていないので危ない、朝から汗だくになる、嫌な言葉をかけられる*1などの理由から、できるなら歩きたくないというのが正直なところです。

バスは、路線や本数が多く便利ですが、バス停に近づくと車掌が大声で行き先を叫んで客寄せするのですが、停車してくれることは少なく、減速しているところに飛び乗ったり飛び降りたりしないといけないので、毎回ちょっとした戦いです。でも料金は交渉しなくていいし、例えば15kmぐらい(渋滞があるので45分ほどかかる)離れた郊外の街まで、スリーウィーラーで600ルピーのところ、バスならなんと50ルピーです。タクシーは車両がプリウスでとても快適ですが、流しがなく予約必須の上、渋滞時は予約すらできず不便です。

渋滞がひどい時間帯はスリーウィーラーに限ります。渋滞にはまっている車の間や脇を縦横無尽に走るので早いです。また、普通渋滞は一方向(朝は都心向き、夕方は逆)にしか発生しないのですが、スリランカの暗黙の交通ルールの一つとして、「反対車線の車が走れる状態であれば、スリーウィーラーは逆走可」というのがあります。警察が見ていても止めないので、暗黙のルールというよりは慣習法と言ってもいいレベルかもしれません(ちなみに世界でも慣習法は立派な法の一形態として認められています)。慣れないうちは必死に「逆走はやめてくれ」と運転手さんに懇願していましたが、慣れてくると早く着くのでありがたく思えてきます(笑)日本人としてはやはりちょっと罪悪感はありますが・・・。

       <堂々と逆走中>

アジアの三輪バイクの起源は、1950〜60年代まで日本で郵便配達などに使われていたダイハツのミゼットです。日本での製造は70年代に終了していますが、スリランカの車両はインド製で、メーカーはBajajやTVCなど多数あります。乗用車と比べると三輪バイクの上にカバーがついただけの頼りないもので、バスや乗用車の間を縫うように高速で走り抜けるので、危なっかしくてハラハラします。実際に事故もよく見かけます。

ここで私が声を大にして言いたいのは、スリーウィーラーの性能は本当に侮れないということです。以前、友人の運転するプリウスでカルピティヤという田舎町に行きました。未舗装の道を延々と進まなければならず、助手席に座っているだけで神経がすり減るような道で、到着後の現地での移動はスリーウィーラーを使いました。すると、あの悪路を嘘のように通常スピード(40km程度)で飛ばしていくのです。でこぼこもものともせず、乗り心地も全く悪くありません。プリウスでは絶対に登れない上り坂も楽々登っていくのには驚きました。車体が軽くて小幅な上、馬力も馬鹿にしたものではありません。友人は「車を売ってスリーウィーラーを買おうか」と半分真剣に言っていたほどです。このとき、私はスリーウィーラーの真の実力に気づかされました。「安くて小さくてインド製だからってみんな見下してるけど、本当は車よりも優秀な、すごい乗り物なんじゃないか」と・・・!

そう思って調べてみたら、なんと燃費はリッターあたり26km!満タンで走れる最大距離160kmでした(Bajaj製最新モデルの場合)。スズキのワゴンRは33.4kmで、もちろん日本の最新技術が結集された軽自動車には勝てませんが、こんなポンコツな見た目なのにすごいと思いませんか?

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   <スリーウィーラーで長距離移動中、ゾウに遭遇!>

コロンボのスリーウィーラーは、半分以上がメーター付きです。初乗りは1km未満は50ルピー、その後100mごとに4ルピーが加算される仕組みです。待ち時間もメーターが加算されるので、用事を済ませている間は待ってくれる場合もあります。メーターがあっても使わない運転手は多いですが、これは本当にメーターが壊れている場合と、渋滞などの理由でメーター以上の料金を徴収しようとしている場合が多いようです。私は、相場がわかっているときや渋滞のときは交渉する、運転手さんが信用できなさそうなとき、疲れていて交渉したくないときはメーターなしなら乗らないなど、場合によって対応を変えています。遠くに行くときは交渉した方がメーター料金より安くなるときもあります。ちなみに、ここでサービス精神などというものを期待してはいけません。客がサービスを選択する権利以上に、彼らは客を選ぶ権利を行使します。渋滞しているから、雨だから、自分の家と反対方向だから(!)、など様々な理由で、乗車拒否されることもあります。途中でガソリンがなくなればガソリンスタンドに寄り、行きつけの商店の前を通れば買い物をしようとします。もちろん、待っている間も待ち時間メーターは回るので、ガソリンは諦めるとしても、買い物はあとで行けとはっきり言いましょう(笑)

一般の人が運転する車を呼ばるアプリ、Uberは2015年末にコロンボに参入し、すぐにローカル版のPickMeが登場して、両者とも急速に普及しました。Uberはやや高級路線で乗用車のみですが、PickMeはスリーウィーラーとインド製小型乗用車(TATAのNanoなど)が主力です。もちろん、アプリの地図上で出発地と到着地を登録して予約するのですが、予約するとなぜか必ずと言っていいほど運転手から電話がかかってきて、場所を説明させられます。来る来ると言って全然来なかったり、英語が通じなかったり、まあいろいろありますが、タクシーとスリーウィーラーの中間オプションができたのはありがたいことです。スリーウィーラーは、流しもやりながら、PickMeでの呼び出しも都合がよければ応える、という形態をとっていることが多いようです。

アプリが登場した当初、「どういう運転手が来るのかわからないので心配」と言う人がいましたが、流しのスリーウィーラーだってどこかに登録している訳ではないので同じことです。スリーウィーラー業を始めるのに、営業許可は必要ありません。車両を自分で所有している自営業がほとんどですが、いわゆる地域の元締めから「営業許可」を取らないとその地域で営業できないとことはあるようです。待ち場所を共有している運転手同士の絆は固く、縄張り意識も強いです。

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<PickMeはヴェサックというお祭りの期間中、イルミネーションの場所を確認できる機能を追加>

スリランカ最低賃金は日給400ルピーですが、コロンボのスリーウィーラー運転手は一日2000ルピー、多い人は5000ルピー以上も稼いでいます。ただ、車両は輸入しかなく、スリランカは関税が高いので新車だと70万ルピー(約50万円)以上もします。ローンで購入して毎月1万ルピーずつ返しているという人もいます。ガソリン代は、1日500〜1000ルピーぐらいでしょう。ローンとガソリン代を差し引いても、例えば家政婦の日給が1500ルピー、日雇い建設労働者の日給が2000ルピーぐらいなので、自営業のスリーウィーラーは人気の稼業なのです。教育関係のNGOで働いている人が、私の住むコロンボ2区の公立小学校で将来の夢を聞くと、8割ぐらいの男児は「スリーウィーラーの運転手」と答える、と話してくれたことがありました。あまり裕福でない児童ばかり通う学校では、身近な職業の中ではスリーウィーラーはいい選択肢と思うのかもしれません。

スリーウィーラーの運転手は、スリランカでも特に運転が荒い、道端でたむろする、マナーが悪いなど、一般的にあまりいいイメージを持たれていません。ただ、この職業はおそらく都市部で最も簡単に就ける仕事の一つで、副業としてもできるので本当に様々な人がいます。確かにマナーが悪かったり、客の都合より自分の都合を優先する人は多いです。一方で、コロンボのあらゆる道を隅々まで知り尽くしていて渋滞を回避できる、事前に言っておいた時間に必ず来てくれる、お釣りはいらないと言っても絶対返してくれるなど、すばらしい運転手に当たることも多いです。また、娘二人が大学に行っていると言う人、大型商船のエンジニアを退職後にスリーウィーラーを買って自営業を始めたという人など、意外と学歴やお金のある人にも会いました。

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<スリーウィーラーに観光客のサーフボードを積んでいるのもスリランカではよくある光景>

一度、仕事でミスをして動揺していて、友人の家に立ち寄った際、スリーウィーラーの車内にパソコンを忘れてきてしまったことがありました。運転手が友人宅まで持って来てくれたが、私のものかどうかわからず、電話も出なかったので確認もできず、とりあえず運転手が持って帰ったということです。翌日、半分以上諦めつつ、友人が控えておいてくれた番号に電話してみると、「帰省したところだが、一週間後に返す」と言ってくれました。まだ半信半疑でしたが、数日後に「本当に返ってくるか心配していると思うが、自分は本業は警察官で、絶対に届けるので心配しないで」とわざわざ電話をくれ、翌週本当に届けてくれたのです。日本では当たり前かもしれませんが、世界では全然当たり前のことではありません。ましてやこのパソコンは、彼のお給料の何ヶ月分もするものです。感激すると同時にとても申し訳ない気持ちになり、お礼のお菓子を入れた袋に少しだけ現金を入れて渡しました。後から「現金はもらえないので返したい」と電話をもらいましたが丁重にお断りしたところ、後日「お金はお寺に寄付しました。ありがとう」というメッセージがありました。スリランカの警察官は給料がよくないので、残念ながら、交通違反者などを捕まえたら罰金を免除する代わりに賄賂を要求して稼ぎの足しにしている人が多くいます。この彼はそんなことは絶対しないはずなので、代わりに副業としてスリーウィーラーの運転手をしているのでしょう。私は最初に乗ったときにちゃんと丁寧な態度をしていたかどうかとても心配になりました。このことがあってから、なるべく感じよくするようにしています。

だいたいスリーウィーラーに乗ると、どこから来たのか、から始まり、スリランカで何をしているのか、どこに住んでいるのか、結婚しているのか、子どもはいるのか、と根掘り葉掘り個人的なことを聞かれます。これはスリランカでは普通のことなのですが、日本人としては色々教えるのも不安です。ある友人は、スリーウィーラーでの会話用の設定として「夫がスリランカで働いているのでしょっちゅうスリランカに来ている」ということにしている、と言うので大笑いしました。スリランカ在住で未婚と正直に答えたらつきまとわれたことがあり、その後は観光で来ているということにしたら宝石屋に連れて行かれそうになり、最終的に「現地在住者でも観光客でもなく既婚」という設定を作るために生まれた物語なんだそうです。確かに相手も社交辞令で聞いている場合がほとんどなので、本当のことを教えたくないからと言ってちゃんと質問に答えないよりはよほどいいかもしれないと思いました。

さあ、そろそろおもしろくて不思議ですばらしいスリーウィーラーの魅力がだんだんわかってきましたか?でもスリランカのスリーウィーラーの最大の魅力は、その個性溢れるデコレーションにあります。これは続編でご紹介します!